昌 若に関するニュース


21歳阿斗里3敗に野村コーチ「さない」
日刊スポーツ
前回の広島戦(21日)も死球から崩れており、阿斗里も「最悪な点の取られ方。やっぱり四死球です」と反省した。相手先発は45歳の山本。24歳も年の離れたベテランとの対戦を「相手を気にすることはない。特別な感情はなかった」を振り返ったが、持ち味のさを発揮 ...

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MSN産経ニュース

先発200勝歴代10位 中日接近1・5差
日刊スポーツ
チーム最年長として、どうしても止めたかったチームの連敗。プロ27年目の山本が走者を背負っても崩れないベテランらしい投球で、24歳年下の横浜阿斗里との投げ合いを制した。ヒーローインタビューでは々しい笑顔を振りまき、ファンの声援に応えてみせた。 ...
ベテランの技健在!45歳で3勝目の山本スポーツニッポン
止まらん!中日・山本、45歳3連勝サンケイスポーツ

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山本激白「阪神戦ダメなら引退だった」
日刊スポーツ
... 代対決で、下柳以上の々しい投球を披露。強力打線を直球でつまらせた。最速は138キロだったが、球のキレと制球に衰えはなかった。内容と結果から引退危機は脱出したかに見える。だが、本人は首を横に振り、現役続行のノルマを自らに課した。 山本 まだまだ。 ...

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殿様の肖像:歴代徳島藩主 13代藩主・蜂須賀斉裕 /徳島
毎日新聞
斉裕の実父・家斉は、子だくさんで知られる。50人を超える子をなし、息子たちの多くを大名家に養子に出した。1821年に江戸城大奥で生まれた斉裕も、27年に12代藩主・斉の養子に出され、43年に家督を相続している。斉裕と仲のよかった兄弟に、尾張徳川家を ...


中华铁道网

共青城德安加速共建双子城
大江网
“如果说九工业走廊以前是围绕南昌、九江两极发展,那么今后在走廊间崛起一个城市群将成为必然趋势。”中航共青城实业有限公司总经理许雄斌另一个身份是经济学博士,他认为 ...
九城际高铁预计本月中旬开通大江网

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昌 若関連エントリー

立浪岩瀬若竜へ向けてと昌茅ヶ崎市民栄誉賞。

... そんななか、 立浪、岩瀬 という投打のベテランが 若竜 に向けて、 成長への秘訣 を示しました。 そのほか 茅ヶ崎市民栄誉賞 を受賞、 地元に錦を飾った 山本昌 など この日の ドラゴンズの話題 とともに、どうぞ。 ドラゴンズトピックス (27日) ◇立浪和義 ...

立浪岩瀬若竜へ向けてと昌茅ヶ崎市民栄誉賞。

山本昌進めカウントダウンと若竜御前試合で爆発!

... 気になる先発として、初戦に 山本昌 、2戦目・ 川上 と 調子を上げている投手が相次いで登板予定。 まずは 200勝 へのカウントダウンに入っている 大ベテランの白星 で波に ... 若竜トピックス (27日) ◆ウエスタン・リーグ公式戦 中日-サーパス 7回戦 (27日 ...

山本昌進めカウントダウンと若竜御前試合で爆発!

昌岩瀬シート打撃登板、竜キャンプ実質打ち上げ。

... 山本昌、岩瀬、平井 のベテランがシート打撃に登板。 ... このキャンプ、実に辛抱強く若手に接した。 あらゆる技術、知識、経験を継承しようとしたファイナルキャンプだった> 「(若いころの)ボクはそんなに教わってないですね。 自分で見て、勉強しましたから。 ...

昌岩瀬シート打撃登板、竜キャンプ実質打ち上げ。

堂上兄弟新井谷若竜躍動、オープン戦今季初白星!

... 名護で行われた 北海道日本ハム とのオープン戦では、 若手主体で臨んだ ドラゴンズ打線 が、大爆発。 堂上剛裕、直倫 の 兄弟アベック弾 など、 4本塁打を含む13安打を放ち ... ( おおさか報知 ) ○長峰昌司 <5回から2番手で登板。 先頭・小谷野に中前打 ...

堂上兄弟新井谷若竜躍動、オープン戦今季初白星!

中村公治平田堂上兄弟、若竜アーチ合戦で大勝!

... (中スポ <ドラ番記者> ) ◆山本昌 <この日はブルペンでの投球はなかったが、 ルーキー・伊藤準規のブルペン投球を観察して> 『さすがにドラフト2位という評価で 入ってきただけのことはありますね。ボールが若い! まだまだ投げはじめなので全力に ...

中村公治平田堂上兄弟、若竜アーチ合戦で大勝!

昌 若旅行記

2010春 スペイン(マドリード)(by 小心者さん)

昌 若
●今回の大まかなルート
マドリードin→ポルトガル縦断→スペインアンダルシア地方
→モロッコ周遊→バルセロナout


マドリードを訪れるにあたって、一番不安だったのが治安です。
しかも空港へは深夜の到着・・・。
日本人の方がいらっしゃったら市内までご一緒していただけないかお願いしてみよう(あるいはストーキングしよう)と思っていたのですが、
日本人ゼロ。しかも30分遅れ。しかも満席。席は最後尾。
深夜に地下鉄に乗る勇気なし、深夜に宿を探す勇気もなし。

ということで、『空港では絶対に眠らないこと』とのアドバイスを胸に、空港内で朝まで頑張ることに。
しかし、出発階にも到着階にもほとんど人がいません。
(別のターミナルにはいたのかも・・・)
ときどき、空港には用の無さそうな地元の若者がキョロキョロしながら闊歩していて(しかも何度も通る)、失礼ながら、ビビリまくった私には強盗にしか見えませんでした。
それはそれは怖かったです。

しかし、非常に怖がっている割には、寄る年波に勝てず何度かウトウトしました。
我ながら、よくぞご無事で・・・。


早朝6時半まで待って利用したメトロは、拍子抜けするほど平和な雰囲気でした。
それでも「ここは犯罪の多発するマドリードだ」と気を引き締め、とにかく『安全第一』を心がけます。

【旅行時期】2010/03/~2010/05/
【エリア】マドリード
【テーマ】ひとり旅
【投稿者】小心者

子連れソウル2010・マイルDE参る [2](by momoyukiさん)

昌 若
韓国は子供に優しい国だと聞いておりましたが、本当にその通りで
息子を抱っこして地下鉄に乗ったら、絶対に誰かが席を譲ってくれ
色々な人が話しかけてくれました(若い女の子も男の子も)
特に50代~60代くらいのおじさんがすごかった。
飴をくれようとしたり(笑)いっぱい韓国語で話しかけてくれましたよ。
本当に子供を大切にする国なんだな~。
子連れで韓国に行けて、本当に良かったと思えました^^

【旅行時期】2010/06/12~2010/06/16
【エリア】ソウル
【テーマ】家族・子連れ
【投稿者】momoyuki

初夏の智光山公園(4)花菖蒲園、7分咲き(by まみさん)

昌 若
前日の金曜日に狭山市の公式サイトをチェックしてみたら、智光山公園の花菖蒲の開花状況は、やっと7分咲きでした。
残念!

※智光山公園の花菖蒲の開花状況を発表している狭山市公式サイトのトップページ
  • http://www.city.sayama.saitama.jp/


  • 来週の土日は花散策には出かけられないのに。
    今年2010年の6月の花撮影散策は近場に限定したので、智光山公園の花菖蒲をあてにしていたのに。
    今年は残念ながら満開の花菖蒲園ぶりを見ずに終わってしまいました。
    というのは、私の個人的な事情。
    このウィークデイの半ばか来週末かに、智光山公園の花菖蒲園は、私の記憶にあるようなもっとぎっしり花が咲いたすばらしい満開の姿を見せてくれるに違いありません。
    智光山公園の花菖蒲は今年で3回目(今年は2回目なので今回で4回目)ですが、初めて見ることができた一昨年の2008年が一番開花状況に恵まれたようです。

    関連の旅行記
    「本にも載っている智光山公園の花菖蒲園」(2008年6月15日)
  • http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10249437/


  • 本日は天気予報に反し、雨が降らないでいてくれたのは助かりました。
    が、週半ばに夏風邪をひいてしまって、まだ治りきっていませんでした。
    どうせ7分咲きだし、どうしようかとぐすぐずしていたら、家を出るのが遅くなってしまいました。
    午後は時折晴れていたけれど、智光山公園の花菖蒲園に着いたのはすでに16時。
    しかし、7分咲きであろうが、もっと満開のときの記憶に比べると劣ろうが、埼玉の花の名所の1つとして紹介されるくらいのところなので、実際に眺めていると、ここまでよくぞ咲いてくれた、という感激がじわじわと身の内に広がってきます。
    写欲があまり刺激されないだけで。

    先週(6/12)は花の接写ばかりしたので、今回はなるべく花がたくさん咲いているように見える写真をめざしました。
    でも、撮影テンションが少し上がったのは、去年の水元公園でトライしたように、水に映る花姿をカメラに捉えようと思ったときからかしら。
    水をたたえた茶色い水路に映った、かろうじてもとの色が分かる花菖蒲が、まるでセピア色の写真のように見えました。

    ゲットできた写真枚数が少なかったら先週の旅行記に続けてアップしようと思いましたが、それなりに枚数が稼げたためと、水に映った姿をぜひ旅行記の表紙にしたかったので、続きの旅行記を新しく作成してしまいました。

    〈2010年の初夏の智光山公園の旅行記シリーズ構成〉
    6月12日
    □(1)行くまでに見つけた初夏?の花たち&名残りの赤いバラ園
    □(2)見頃初めの若々しいガクアジサイ
    □(3)花菖蒲園、定点観測中!
    6月19日
    ■(4)花菖蒲園、7分咲き
    □(5)西洋アジサイ、なんとかリベンジ!?

    狭山市都市緑化植物園(智光山公園)公式サイト
  • http://www.shokubutsuen.jp/

  • 狭山市公園管理事務所サイトの智光山公園のページ
  • http://www.city.sayama.saitama.jp/kakuka/kensetu/kouen/hp/park/shokai/chikouzan/chikouzan.htm

  • 「子供と一緒に遊びに行こう!」の智光山公園のページ
  • http://santa.cside.com/kouen/tikouzan.htm

  • 「旅に行きた隊!」の智光山公園のページ
  • http://quetzal.gozaru.jp/q010/sy01.html


  • ※これまでの花菖蒲の旅行記
    2010年
    6月12日
    「初夏の智光山公園(3)花菖蒲園、定点観測中!」
  • http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10470252/


  • 2009年
    6月6日~6月13日
    「今年も裏の田畑の菖蒲まつり・2009」
  • http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10346904/

  • 6月7日
    「母に誘われて柴又と水元公園(3)水元公園の花菖蒲散策と、帰りに寄ったしばられ地蔵」
  • http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10345239/

  • 「母に誘われて柴又と水元公園(4)水の向こうの世界で咲く花菖蒲」
  • http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10345242/

  • 6月14日
    「初夏の智光山公園で花菖蒲を」
  • http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10346927/


  • 2008年
    6月14日
    「今年も裏の畑の菖蒲まつり」
  • http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10249269/

  • 6月15日
    「本にも載っている智光山公園の花菖蒲園」
  • http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10249437/


  • 2007年6月15日
    「ビーカン空の下の菖蒲たち(近所の菖蒲まつり)」
  • http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10156927/


  • 2006年
    6月10日
    「裏の田畑散策は楽しいな@その3:菖蒲園まつり」
  • http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10071649/

  • 6月14日
    「初夏の東京・花めぐりは楽しいな@その2:小岩菖蒲園」
  • http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10072755/


  • 【旅行時期】2010/06/19~2010/06/19
    【エリア】狭山・入間
    【テーマ】花見・紅葉
    【投稿者】まみ

    初夏の智光山公園(5)西洋アジサイ、なんとかリベンジ!?(by まみさん)

    昌 若
    先週(6/12)よりも咲き進んでいましたが、まだちょっと残念でした、智光山公園の西洋アジサイは。
    一番楽しみにしていたのは、ひょうたん池の水辺に映る姿のあるアジサイ風景なのですが、去年2009年に初めて智光山公園のアジサイを見にきたときに感動したような状態はまだでした。
    それに近い状態のものは見られたのですが。

    関連の旅行記
    「初夏の智光山公園であじさいを」(2009年6月14日)
  • http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10347233/


  • 智光山公園のアジサイは、ガクアジサイの方が種類も数もずっと多く見応えあります。
    西洋アジサイは、行く途中や周辺の畑の脇や人家の庭先に咲いている花の方がずっと花数が多かったり、幼児の頭のような大手まりぶりを見せていました。
    私が見たところ、智光山公園の西洋アジサイは品種はそれほど多くなく、今回に限っていえば、白とピンク、それからウズアジサイの三種類くらいがやっと見ごろでした。
    でも、やはり斜面にぎっしりあるのは、アジサイ園と呼ぶに遜色なく、それなりに壮観でした。

    今回は西洋アジサイをリベンジしようと思っていたので、もっとたくさん咲いていたガクアジサイの方は撮りませんでした。
    先週はガクアジサイだけで50枚以上撮ったし、私という同じカメラマンが同じような場所で撮れば、やっぱり写真は似たり寄ったりになってしまうでしょうから。

    でも、そうそう、先週、智光山公園に自転車で向かう途上で見つけた緑のアジサイかと思っていた花は、実は白い西洋アジサイでした@
    林をバックに休耕地に咲いていたその姿はとてもかわいらしかったので、その写真もこの旅行記に一緒に収めました。

    〈2010年の初夏の智光山公園の旅行記シリーズ構成〉
    6月12日
    □(1)行くまでに見つけた初夏?の花たち&名残りの赤いバラ園
    □(2)見頃初めの若々しいガクアジサイ
    □(3)花菖蒲園、定点観測中!
    6月19日
    □(4)花菖蒲園、7分咲き
    ■(5)西洋アジサイ、なんとかリベンジ!?

    狭山市都市緑化植物園(智光山公園)公式サイト
  • http://www.shokubutsuen.jp/

  • 狭山市公園管理事務所サイトの智光山公園のページ
  • http://www.city.sayama.saitama.jp/kakuka/kensetu/kouen/hp/park/shokai/chikouzan/chikouzan.htm

  • 「子供と一緒に遊びに行こう!」の智光山公園のページ
  • http://santa.cside.com/kouen/tikouzan.htm

  • 「旅に行きた隊!」の智光山公園のページ
  • http://quetzal.gozaru.jp/q010/sy01.html


  • ※これまでのアジサイ旅行記
    2010年
    6月12日
    「初夏の智光山公園(2)見頃初めの若々しいガクアジサイ」
  • http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10470258/


  • 2009年
    5月21日~6月13日
    「我が家のあじさい開花記録・2009」
  • http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10346849/

  • 6月9日
    「今年もあじさいはとしまえんで(1)女性に捧げられたアジサイと宝石のような西洋あじさい」
  • http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10345691/

  • 「今年もあじさいはとしまえんで(2)ちんまり可愛いヤマアジサイとやっぱりお気に入りのガクアジサイ」
  • http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10345692/

  • 6月14日
    「初夏の智光山公園であじさいを」
  • http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10347233/

  • 6月20日
    「風に誘われて、竹林のあじさいと春車菊の群生」
  • http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10348526/


  • 2008年
    6月7日~6月22日
    「今年の我が家と近所のあじさい」
  • http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10249608/

  • 6月4日
    「としまえんのあじさい祭り(1)咲き始めの「あじさい坂」から「あじさい宝石箱」」
  • http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10247956/

  • 「としまえんのあじさい祭り(2)珍しいアジサイがいっぱい! 山あじさいの小径とあじさいトンネル」
  • http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10247959/


  • 2007年6月9日~6月15日
    「今年のターゲットは我が家のあじさい@」
  • http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10156923/


  • 2006年
    6月15日~6月23日
    「初夏の東京・花めぐりは楽しいな@その3:私を心変わりさせた都心のあじさい」
  • http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10073091/

  • 6月14日
    「初夏の東京・花めぐりは楽しいな@その1:白山神社あじさいまつり」
  • http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10072588/


  • 【旅行時期】2010/06/19~2010/06/19
    【エリア】狭山・入間
    【テーマ】花見・紅葉
    【投稿者】まみ

    横須賀線の歴史的痕跡を探す ~大船-横須賀間編 明治領歌【再製建造中】~(by 横浜臨海公園さん)

    昌 若
    一般的に横須賀線は東京-逗子-久里浜駅間の路線と思われがちですが、実際は、大船-久里浜駅間を称します。

    帝國海軍は横浜に存在した東海鎮守府が狭隘と防諜上とを理由に明治17年(1884年)12月15日附で横須賀に移転し横須賀鎮守府が改称成立する。

    然し、当時は横浜から横須賀への道路は1本しか存在せず、且つ、当然未舗装な上に悪路で馬車通行すら難儀する状態だった為に、有事発生の際の人員物資等の緊急大量輸送に鑑み、初代鎮守府長官中牟田倉之助(なかむた くらのすけ)海軍中将(天保8年(1837年)3月30日~大正5年(1916年)3月30日)から輸送手段改善が提議される。

    更に、明治19年(1886年)6月22日附で陸軍大臣 大山 巌(おおやま いわお)陸軍大将(天保13年(1842年)11月12日~大正5年(1916年)12月10日)と海軍大臣 西郷従道(さいごう つぐみち)海軍大将(天保14年(1843年)6月1日~明治35年(1902年)7月18日)が連名で政府に請議書を提出し鉄道設置が要請される。



    国立公文書館に於いて現存する文書で、


    鐵道建設ニ関スル請議書

    相州横須賀ハ第一海軍区ノ海軍港ニシテ、造船所武庫倉庫其他病院兵営練習艦隊等ヲ置キ、鎮守府之ヲ管轄シ、艦船ノ製造修理、兵員ノ補充ヨリ兵器弾薬被服糧食等ノ供給ニ至ルマテ、海軍艦船ニ在リテハ之ヲ此港ニ仰カサルヲ得ス。又観音崎ハ東京湾口ニ斗出スル岬角ニシテ、砲台ヲ置キ其防禦ニ充テ、実ニ東京湾防禦ノ要路ニ当ルノミナラス、其背面ニアル長井湾ノ如キハ、敵兵上陸要衝ノ地ナルヲ以テ、是亦陸軍ニ於テ最大枢要ノ地トス。然リ而シテ東京ヨリ横須賀観音崎ヘハ独リ海運ノ便アルノミ、神奈川又ハ横濱ヨリハ連岡其間ヲ隔テ、峻坂嶮路車馬ノ途ヲ通セス、陸運ノ便ナキヲ以テ平時ト雖トモ風波ノ為メ輒モスレハ運輸ノ途全ク断絶シ困難ヲ生スルコト尠カラス。況ンヤ一朝事アルニ際シテハ兵器糧食ヲ横須賀ニ運輸シ陸軍軍隊ヲ長井湾地方ニ派遣シテ敵兵ヲ防禦セントスルモ運輸ノ途ナキカ為軍機ヲ失スルコトナキヲ得ス可ラサルニ於オヤ。故ニ此際汽車鐵道ヲ神奈川若ハ横濱ヨリ横須賀又ハ観音崎近傍便宣ノ地へ布設スルハ陸海両軍略上最モ必要オク可ヲラザルノ事項ニシテ大ニ両軍勝敗ノ関係スル所ニ之有之候條、汽車鐵道布設ノ義至急御詮議有之度此段請閣議候也


    との記述が見られ、朝鮮半島を巡る当時の日清間の緊迫感が窺いさせられる。



    他方、明治20年(1887年)7月12日に、東海道線横濱-國府津駅間が開業したが、開通当時は戸塚-藤澤駅間に大船駅は存在せず、建設計画当初の予定では藤澤駅を起点に建設する計画だったが、鵠沼付近で人口密集地通過や長大隧道建設を要する事が判明し、横須賀線設置が政府内に於いても緊急性を要する存在と判断され、明治21年(1888年)11月1日に鎌倉郡小坂村字大船付近に信号所を設置して横須賀方面に分岐させる事に決定し工事が開始された。

    然るに、路線設置先は三浦半島を縦断するものとなり数ヶ所の隧道設置を余儀無くされる。

    特に、名越隧道は掘削開始直後から砂岩、疑灰質岩、泥岩等々が混在し土質が悪い為に工事は難航を極め、明治21年(1888年)7月30日に落盤事故が発生し死傷者が生じた。

    また、当時は王政復古から未だ20年を経ず過剰な国権回復運動が盛んな時代背景から世間では此れに伴う仏教軽視たる排仏棄却の風が満ち満ちており、古刹たる臨済宗円覚寺と言えども路線建設の前に例外的存在では無く寺側は有無を言わさず泣く泣く外苑たる白鷺池を埋没させられ池と総門が分離を余儀無くさせざぜるを得ない状況下に置かれた。

    また、海軍当局は横須賀駅を白浜村(現在の 稲岡町)に設置を希望したが、住宅密集地通過を要する為に、現在の逸見村に落ち着いた経緯が存在する。

    然して、大船-横須賀駅間は明治22年(1889年)6月18日に正式開通した。

    然し、何事にも例外は存在するもので、横須賀海軍工廠ドックで建造中の国産通報艦 八重山 の進水式に合わせ、明治天皇が進水式に御臨席あらせられる事になり、正式開業に先立つ3月12日に新橋-横須賀間に御召列車が運転され此れが横須賀線運転史の嚆矢となる。

    横須賀線は当時から列車本数が多い事から、明治35年(1902年)9月25日に、我が国最初の通票閉塞方式が使用され安全面でも寄与する。

    現在の江ノ電の前身たる江之島電気鐵道は藤澤停留所を起点として漸次路線を延長し、鎌倉では八幡宮弐ノ鳥居前に停留所設置を切望し工事資金の点で横須賀線とは平面交差を希望したが、当時の鉄道の監督官庁たる鐵道院と路面軌道線の監督官庁たる内務省が安全の点から難色を示し一時は暗礁に乗り上げるかに見えたが、最終的に鐵道院が全額負担する事で横須賀線は鎌倉駅を境に立体交差と築堤化される事で決着を見て、明治43年(1910年)1月に工事着手され僅か4ヶ月で竣工した。

    横須賀線は開業後その利便性から利用者数がウナギ登り状態となり複線化が推進される。

    大船-鎌倉間
    大正5年(1916年)9月13日

    鎌倉-逗子間
    大正6年(1917年)3月

    逗子-沼間間
    大正3年(1914年)8月12日

    沼間-田浦間
    大正9年(1920年)10月19日

    田浦-横須賀間
    大正13年(1924年)12月25日

    また、横須賀線は大正13年(1924年)完成を目処に1500ボルト電化が決定し、此の為に明治期に建築された隧道の口径拡大工事が実施され、工事途中で関東大震災に遭遇する。

    関東大震災発生時、横須賀線内に於いては鎌倉駅構内停車中の第32貨物列車や田浦駅付近走行中の第514旅客列車に脱線転覆等の被害を生じ、乗客職員に少なからぬ死傷者を生じる。

    特に、横須賀線関係では静岡から修学旅行で軍港見学の為に横須賀訪問中の静岡県立高等女学校(現 静岡県立静岡城北高等学校)生徒が横須賀駅下車直後に昼食前の点呼の為に集結し傘を忘れ駅に戻った生徒1名を除き、集結中の教師生徒の頭上の裏山が圧壊崩落して全員生埋めになり、市内他所の生存者救出と道路復旧を優先した為に崩壊現場は約3週間放置され猛烈な悪臭と共に崩壊した土砂上を無数の蠅が飛び交う惨状を呈した。

    関東大震災復旧で遅延していた電化工事が完成し、かくて、大正14年(1925年)12月13日の東京発横須賀行最終列車より電気機関車の次位に蒸気機関車を連結する電蒸運転が開始された。

    昭和9年(1934年)12月にワシントン軍縮条約失効以降後に於ける新型戦艦建造を見越し、横須賀市蠣ヶ浦(かきがうら)に大型ドックが建設される事になり、翌昭和10年(1935年)7月に工事起工し、昭和15年(1940年)5月4日に竣工したのが現在も米軍が使用する第6ドックです。
    軍令部作戦課の要求に依り海軍省は46センチ主砲9本3門搭載のポスト・トレッドノート型新大型戦艦4隻建造を決定し、此れに基づき大和、武蔵、信濃、紀伊が建造される。


    【旅行時期】2010/06/~2010/06/
    【エリア】横須賀・三浦半島
    【テーマ】歴史・文化・芸術
    【投稿者】横浜臨海公園

    昌 若の画像