契関連エントリー
マル契の乗車票で出発
> 2009年02月28日 マル契の乗車票で出発 団体旅行で熊本へ。 マル契の乗車票は実は初めて。これも無効印押して記念にもらえるのかな? 08:29 | この記事のURL | Comment(0 ...

古龍『マーベラス・ツインズ契4 貴公子の涙』
... 都合良く助かるんでしょ、と思っちゃうんだよね。 だからといってコーエーの読者を馬鹿にしたやり口は許せるものじゃないんだけども……。 マーベラス・ツインズ契 (4)貴公子の涙 (GAMECITY文庫) (2008/12/18) 古龍 商品詳細を見る

県の森林整備事業 発注のすべてが随契
... 県は県内の8つの森林組合と随意契約を結んでいることが2日、県議会一般質問で分かった。 全国では36都道府県が森林整備事業で競争入札を取り入れているが、森林組合の技術力や実績を考慮して随意契約にしている。県は2010年度までに競争入札を ...

竹田契一氏講演会INとかち
日本における特別支援教育の第一人者の 竹田契一氏がとかちにいらっしゃいます。 豊富な経験と数多くの事例から、豊かな 青年期を見据え ... 5.講 師 竹田契一氏 6.資料代 会員500円 一般参加1500円 7.その他 申込みの必要 ...

與契爺的約會
約了很久終於約到舊同事Weki(小王子的契爺)見面,收到契爺的利是,小王子現在有126封利是了!! 呵呵~ 謝謝契爺和契媽(是這樣叫的?!)的大車車禮物,他在回家路上不斷地車車車,待明天才給玩!! 我們去了馬鞍山金滿庭和飯,想不到他們是第一次吃,覺得好吃 ...

契旅行記
沖縄・慶良間ファンダイビング ボート貸し切り!? 2007(by おかつんさん)
前回の沖縄では、アドバンスも無事に取得。
今回はようやく念願叶い、夫がCカード取得しに沖縄へ。
私はそれに便乗した形となりました。
夫が頑張って講習を受けている間、
嫁はなんとも優雅なファンダイビング♪
オフシーズンの沖縄は、いいことだらけ!
「黒川清流公園散策と新撰組のまち日野を歩く」【駅からハイキング】(by airpentaroさん)
■「知る人ぞ知る中央線の観光スポット」というパンフレットに誘われ参加してきました。東京でも春一番の吹いた翌日に起伏ある武蔵野台地を歩いてきました。新撰組あり高幡不動尊ありのコースでした。
■コース(歩行距離:約10.5km、所要時間:約4時間10分)
豊田駅---10分---①多摩平第六公園---10分---②黒川清流公園---30分---③新撰組のふるさと歴史館---20分---④堀之内緑道---60分---⑤高幡不動尊---10分---⑥向川原堤緑道---60分---豊田駅
■Googleマップでハイキングコースを辿っています。
http://maps.google.co.jp/maps/ms?ie=UTF8&hl=ja&msa=0&msid=111401057908086377946.0004631cf5b54f8cabb97&z=14◇初稿090217
中国旅行記3(7):6月20日(4)桂林・漓江下り、陽朔、七星公園(by 旅人のくまさんさん)
6月20日の旅行写真の続きです。漓江下りの終点は陽朔でした。桂林に戻り、七星公園を散策しました。
【旅行時期】2002/06/19~2002/06/23
【エリア】
桂林
【テーマ】
【投稿者】
旅人のくまさん
中国旅行記10(3):9月22日山西省、大同市内、絹工場、華厳寺(by 旅人のくまさんさん)
昨晩、PnPnさん達と別れて、ホテルへ戻ったのは11時25分でした。PnPnさんとEnちゃんは、浦東近くのお店を、もう1軒回られたようです。今日のスケジュールに余裕があり、早い時間のモーニングコールも無かったためです。
大同市への移動が、この日の主なスケジュールです。大同の最高気温は23度、最低気温が5度と、ガイドさんからお聞きしました。年間では最高気温が40度、最低気温がマイナス30度と、その温度差は、実に70度あるそうです。
<建国賓館のリニューアル工事>
昨晩ホテルへ戻って、シャワーを浴びた後で、オールドパーの水割を少しだけ飲みました。セントレア空港で買ってきた、私の旅の友達です。翌日がゆっくり出来ますから、寝過ごす心配はありません。建国賓館は設備のいいホテルですから、テレビを見ながらゆっくりと過ごしました。
その建国賓館がリニューアル工事に入っていました。おそらく2010年の上海万博を控えての準備でしょう。開幕まで3年以上はありますが、既に予約の営業活動が始まっても、おかしくありません。その決め手が、リニューアル工事でしょう。
工事はホテル中央のエントランス工事から始まっていました。その工事のため、両脇の狛犬が赤いシートを被っていました。かつて、写真に収めたことがある白い像です。
<ホテル界隈、早朝の散歩>
ホテルのリニューアル工事を後に、東方面の散策に出かけました。そろそろ朝のラッシュアワーの時間が始まるところでした。大きな交差点では、目立つ服を着た人が交通整理に当たっていました。これも、少し気が早いようですが、万博を控えての交通マナーの徹底かも知れません。
東へ歩いて行く途中、右手に「上海老站」の見覚えがある白い看板がありました。旧上海駅をそのまま使った老舗のお店です。このお店で食べた鱶鰭スープが思い出されました。
ゆっくりと朝の散歩を楽しんだ後ホテルへ戻り、朝食を摂りました。以前に泊まったこともあるホテルですから、その設備がいいことなども知っていました。食事をした後も時間が余りましたから、部屋でテレビを見ながら時間調整しました。ホテル出発は、9時頃でした。現地ガイドの胡さんが車で迎えに来てくれました。
<虹橋空港から大同空港へ>
国内線の虹橋空港で、旅行メンバー全員が揃いました。昨晩の晩餐会のメンバーに、S.P.先生の妹さん3名が加わった11名と、添乗員の徐さんです。妹さんの内お2人は、上海に、もう一人の方はニューヨーク在住の女流作家の方です。中国での会議の後、旅行に参加されました。上海在住のご子息と奥さんにも、お会いしたことがあります。今年の旧正月にもお会いしました。お二人とも背が高い俳優の方です。
大同まで北上する空の旅は、3時間弱でした。北へ上るに連れ、緑は無くなり、赤茶けた大地が続きました。平野ではなく、起伏が多い丘陵地です。今までに目にしたことが無い不思議な茶一色の光景でした。
<大同空港到着>
地上の不思議な光景に、見飽きることの無い空の旅でした。空港が近づき高度が下がると、一面茶色に見えた大地が、細かい部分も識別できるようになりました。その一つが獲り入れを終えた玉蜀黍畑でした。高粱畑もあったかも知れません。北京よりも北に位置する大同は、既に晩秋を思わせる光景でした。
着陸した大同空港は、出来たばかりと言うより、未完成と形容したいローカル飛行場でした。滑走路に照明器具も装置されていないような感じでした。すべて有視界飛行しているかも知れません。夜間の離着陸は無理なようでした。出来たばかりの大同空港は、シャングリラや九寨溝空港を連想しました。看板だけは大きな赤い文字で、「大同」がアピールされていました。
空港では現地ガイドの王さんが出迎えてくれました。出来たばかりの空港は、交通の便も悪いらしく、見送りを終えた王さんの同僚二人を、大同の町まで便乗することになりました。実に長閑な大同空港でした。
<絹工場見学>
時間調整に絹工場を見学しました。繭から糸を紡いだり、繭から取り出した繊維を広げて重ね、これを繰り返して、布団の綿にする工程等でした。隣接して完成品売り場もありました。特に欲しいものはありませんでしたから、早々に休憩場所へ移動しました。
他に紹介することもありませんから、後は写真をご覧ください。絹で出来た布団は、軽くて暖かいとお聞きしました。
<華厳寺、大同博物館>
上下の華厳寺は、元々は一つのお寺でしたが、大火の後再建された時に、別々の境内になったようです。下華厳寺は、大同博物館を兼ねています。インターネット情報などを参考に、お寺の概要を説明します。
まず、共通のことからです。華厳寺は遼代に創建された古刹です。普通、お寺は南に正門がありますが、このお寺は東向きです。遼の統治者である契丹族の太陽信仰に関係しているようです。華厳寺は漢、遼、金の文化が一体となった広大な建築群です。独特の建築様式と高い芸術性を備えています。
遼代の皇帝は仏法を深く信奉しました。特に道宗はそれが際立ち、その在位期間には華厳宗が非常に盛んになったとされます。華厳寺は宗教施設であっただけでなく、皇帝の石像や銅像を奉安する皇帝の祖廟でもありました。
華厳寺は何度も災難に遭い、その都度修復再建されました。明代中葉の再建の際に仏像の補修が行われ、華厳寺は上下に分かれ、それぞれが独立した形を取るようになりました。そしてまた、何度もの災難と復興があり、今日に至っています。
次に下華厳寺について説明します。最近建設されたと思われる2階建ての新しい商店街と向かい合って正門があります。そちらが東側です。下華厳寺の大額を潜ると、正面に石像があります。両手がもげて、余りいい保存状態ではありませんでした。
境内へ入ると、一部は立ち入り禁止とされていますが、大同博物館を兼ねていて、歴代王に纏わる史跡、調度品などが展示されています。
上華厳寺は、一旦下華厳寺の境内を出て少し小高い岡に登ったところにあります。正面に聳える建物は、実に堂々として、奈良の大仏殿を連想させます。甍の反りや大きなシビがあるためです。
この大雄宝殿は遼代の創建で、金の天眷3年(1140年)に再建されました。間口9間、奥行き5間の入母屋造りで、総面積は1559㎡です。遼金時代の仏殿では最大の規模を誇り、中国に現存する二大仏殿の一つに数えられます。殿内の31体の塑像は、すべて遼代の彩色塑像です。中国でも数少ない貴重な作品とされます。
<大同のホテル>
大同市には、最近までホテルはほとんど無かったようです。今回泊まったホテルも、徐さんのお話によると、前回の旅行時は工事中だったとのことでした。
この地方最大の観光地、雲岡石窟が世界文化遺産に登録されたのはまだ最近の2001年のことです。観光地としての整備は、これからピッチが上がるのでしょう。大同市内から雲岡石窟までの道路は、既に整備されていました。
本題に戻って、泊まった大同のホテルのことです。少し変則の細長い部屋でしたが、広さは十分でした。翌日、早朝には赤水が出ました。仕方ないと割り切り、ペットボトルの水で歯を磨きました。
大同へ向かう機中から
茶に染まる大地は山の起伏あり終ぞ見掛けず緑の森を
着陸の間近に迫る大同の畑は唐土収穫の時
日本の旅 関西を歩く 京都、新撰組墓所・壬生塚(by さすらいおじさんさん)
江戸時代後期の幕末には京都の治安維持を目的に活動した新選組(当初は壬生浪士組といった)の本拠が壬生村の八木家に置かれた。その縁で境内には局長近藤勇(こんどう いさみ1834-1868年)の銅像や、新選組隊士の墓である壬生塚がある。2003年の 浅田次郎原作、 滝田洋二郎監督、中井貴一主演の映画「壬生義士伝」で壬生塚は広く知られるようになったそうだ。
(写真は壬生塚の近藤勇像)
契の画像